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稗田山の大崩落

昔中学校の時か小学校の時に配られた本で知ったのが稗田山。僕が知ったのはその本の中にあった稗田山大変という漫画。偶然ガイドブックで金谷橋というのを見付けて、稗田山と「金谷橋まで行ってみよう」と言うことで出かけてきました。

稗田山大崩落とは 明治44年(1911年)8月8日の深夜、稗田山で大音響とともに大規模な崩壊が発生し、浦川が完全に埋没、流出した土砂で下流で浦川と合流する姫川がせき止められ長瀬湖と言われる湖が出来、更にせき止めた土砂の決壊により二次災害が起き、地域に大きな被害をもたらしたと言われています。


中土駅前から山道に入って、地図を参考に走ってみたけど(後から気付いたけどかなり遠回りしていたみたい)、いくつかの集落を通って、突然国道の橋かと思ってしまうような大きな橋に着きました。

urakawa02.jpg

うらかわ橋という名前の橋で金谷橋から見ると下流にある橋のようです。また、近くには明治の文壇「幸田露伴」の娘さんにあたる方で、「崩れ」について書かれた幸田文さんの石碑があります。崩れは稗田山の崩落について書かれているそうです。


urakawa01.jpg

写真は浦河橋より上流を撮影してみましたが、雲に隠れて回りは良く分かりません。川の流は早いですが、回りはのどかな風景が広がっています。ここからの風景では崩落地については分かりませんでした。


本当はこの後、更に上流の金谷橋まで行く予定でしたが、時間が遅かったのと、詳細な地図が無くて断念しました。帰りは来た道と違う道で、小谷温泉入り口に出てくる道を通りました。浦河に平行して走る道で、この道の方がアクセスは楽です。ただどちらのルートも道が細いので通行には注意が必要です。

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2007年07月10日 14:58に投稿されたエントリーのページです。

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